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2分、遅れます。

タイムリーでも、周回遅れでもない、思考の振りまき。


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 昼過ぎから降り続いた雨が一頻り、褐色の路面を舐め終えると、取って付けたような陽光が代わって降り注ぎ、街は判然としない湿気に覆われてしまった。

 

 またしても、僕はそこに向かわなければならない。

 

 先ほどから、酷く身体が重たい。履きざらしの靴底に、水気と油分をじっとりと含んだ砂利が吸い付いてきて、それは僕を、堪らなく惨めにさせる。

 

 山腹の一部が切り取られ、大袈裟なフェンスで四画に囲われた、その中心に塔が一本ある。

 ご丁寧に、フェンスの上部には、臆病な防護兵が纏う鉄帷子の様な鎖まで巻かれており、より一層、その周辺を物々しい画として切り取っていた。

 

 塔の手前から付近を見渡せば、二本、三本と同じ素材で出来た、堅牢な土台を軸に屹立した鉄塔が、天空に向かって伸びている。

 

 それら一つ一つに立派な送電線が何本と張り巡らされており、その一本一本が、

 

とある民家の一家団欒のための電灯へ向けて、

 

とあるスーパーマーケットの生鮮品維持のための冷凍庫へと向けて、

 

とある薄闇をよろよろと歩く老人の道標たる街灯へ向けて、

 

絶え間なく電力を供給しているのが見て取れる。

 

 

 翻って、この塔にはそうした装飾は一切無い。他の物質と自らとを繋ぎとめる、何もかもを剥ぎ取られ、錆びれて変色した肌をむき出しに、ただ直立しているだけだ。

 

 

 日が訥々と沈み始めると、カラスの鳴き声が本格的に響きだす。

黒く、埃っぽい羽根がケヤキの葉に紛れてはらはらと眼前へと下ると、突如として、鼓膜の内側を掻き毟りたい衝動に襲われる。

 

 子連れのカラスは疲れを知らない。

朝方たっぷりと眠っておいたおかげで、昼間の、あの悪天候の中でも悠々と市街地を飛び回り、防護用のネットに覆われたゴミ袋を大した苦も無く突っつきまわした挙句、街の一角にアナーキーを放り投げて、とっとと巣へと帰っていってしまった。

 

 

 近隣の住民が可笑しな金切り声を上げている。相変わらず、口々に言い合っていることの意味は通じるが、決してそれ以上でも以下でもない。

 

 虚しい喧騒だ。

 

 その横を、静かに通り過ぎる僕がいる。

 

 彼ら、彼女らは僕を一瞥だにしない。

さりとて、それが何か特別な意味を持つ訳ではない。

いつの間にかこの街に住みついた男が、いつの間にかどこぞの山に向かったところで、誰の関心を引く訳でもない。

 

 

僕の存在意義は、あの、カラス達以下だ。

 

 

 気付くと、鼓膜の内のざわめきが消え、とっぷりと暮れた闇に、辛うじて輪郭だけを残し、塔が立っている。

 

 上空をゆったりと流れる密雲の隙間から、月の光が滔々と溢れ、それはなぜか、塔そのものを照らそうとはしない。

 

 ただただ、銀色に靡く鉄帷子の妖しい明滅と、フェンスの内側に出来た小さな水溜りを僕の瞳に繰り返し写すだけだ。

 

 

 不意に、足元に無作為に散らばっている大小様々な石塊に目が移る。

 

 そして、徐に、自分の掌に合うそれを拾い上げ、一直線に、今や闇に完全に溶け込んでしまい、そこに本当に存在しているのかどうかすら解らない、その塔に向かって投げつけてみる。

 

 

 確かに、石が空を裂く音がしたにも関わらず、また、確かにフェンス上部の鉄帷子の遥か上を石が通過していったにも関わらず、自分が果たして、本当に塔に向かってそれを投げつけたのか、確信に至る反応は何も得られ無かった。

 

 

 

 突風が一筋吹き、ケヤキの葉擦れの音が戦慄いた。

 

 すると、反対側から、夜の繁華街へと食料を貪るために、一斉に無数のカラスが舞った。

 

 僕は、背筋を一瞬だけびくり、とさせると、もう何も聞きたくない、といった表情で、ぬかるんだ山の斜面を降りていった。



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