独居生活を始めてから初かもしれない。電気代:一月¥4,000オーバー。

タイトル。

「1月は他の月より多めに徴収される場合が多いです」と記述はありましたが、こいつは予想外。寒波に煽られてもあんましエアコンのガン掛けは良くないですね。お肌にも好くない。

※普段の電気代(大体 ¥1,500~¥2,000強。) の話を知人に話すと割合真顔で「...どんな生活してんの?」と訝しがられることが多い。いや、別段釜で風呂炊いたりしとらんですよ。この記事もPCに電源突っ込んで書いてるわけで、流し台の電気は基本つけっ放し。節電意識なんて無いんですけどね。

やっぱりテレビがでかいんかな。独居若輩の諸君、今からその液晶箱を窓から投げ捨てよう!サンダーファイヤー!

 

次。たまたまヤフーを見ていて。

headlines.yahoo.co.jp

 

虚構ニュースかと思った。

いや、「ばっちくないんですか?」※卵というものが鶏という鳥の尻から這い出たもので、紆余曲折経てスーパー等小売店の店頭に並び、普段それを私たちが口にしているということは存じ上げているのですが、何か専門的な処理もせずにダイレクトに食べてしまうのは衛生的に問題はないのですか?

という疑問だったのだろうなあ、ということは分かるんですよ。ただ、以前どこかで見聞きした以下の話を思い返したとき、一抹の不安が頭を過ぎってしまう訳で。

 

ー とある小学校(幼稚園だったか)の遠足。行き先は水族館。生徒の目の前にはデカイ水槽内を泳ぐ魚の群れが。

教師、こどもたちに元気に語りかける。

「ほらー、お魚さんいっぱいだね! 今日、晩御飯にお魚さんがいたら、【これ、今日水族館で見た!】とお母さんに教えてあげよう!!」

元気良く返事をするこどもたち。ふと見ると一部の児童がポカーンとした顔で呆気に取られている。

「どうしたの?」と先生。

その児童曰く、「家のごはんで出てくる魚は、あんな形をしてない。」と。

 

要するに、水槽の中に【刺身】だの、【照り焼き】だの、【開き】だのが泳いでいないから、目の前のあれは魚ではない、ということのようで。

 

戦慄しますね。もちろんその子の親御さんの問題なんですが。

 

無論、僕はここで命に感謝を!みたいな不感症的センチメンタリズムを呈したいのではないんです。が、世の中には、知識どうこう以前の「生きていく上で知っておかなければ取り返しがつかないこと」が無数にある訳で。

それは、「ジンバブエの大統領が誰か分からない」、「スマートフォンのアプリの使い方が分からない」みたいなこととは明らかに性質が違う。

 

「【バカ】とは知識の有無ではなく、【価値判断】が出来ない人間のことです。」、適菜収氏の名言ですね。

 

先の教師も、卵かけご飯でも食いながらよくこの言葉を思い返してほしいもんです。

 

んじゃ、また。

 

 

 

来年はトレンディな一年になりますように

早いもんで、もう年納めですね。

 

前回の記事更新が69日前と出ていることに、自分でも「もう少しアウトプットに貪欲になれんのか」とほとほと困り果てているのですが、この時期になると持ち前の乾燥肌が猛威を発揮するわ、ふとしたことで腹をくだして如何ともし難いわで、年齢を重ねるごとに些細な体調不良にもドギマギしてしまう。困ったものです。

 

こうも交友関係というものにあまり労を裂かずに、表現に向き合っていると、なんだか変な気持ちになることもあります。

自分の中にある思索、その他滞積が、「表現」として外界へ向けて吐き出されるための原動力となるのではなく、ただひたすらに、回遊する潜水艦のごとく頭の奥を漂い、決して外には出て行きたがらず、いつしか自分でも気づかないうちに韜晦していく感覚、そしてその心地よさ。

人並み以上に所謂「承認欲求」のようなものは強い方なので、確実に楽曲、文章その他何かを作るときはそれを「誰かに披露する」前提で取り組んでいるはずなのですが、ことそれを曝け出すときに生じる気恥ずかしさと、「もう見せなくて良いじゃん、やってりゃ楽しいっていうそれだけだし」という内向的な願望が頭を擡げると中々厄介なものですね。

もっと、スーパーのアサリのごとく刺激を受けると「ピュッ」と何かを出せる自分になりたい。よし、来年のメンタリティはこれだ。ひとまず今作成している音源があるのでそれをどうこうしてやろうと考えています。

 

次。

今年の総括としてといっては何ですが、「これは公に曝すべきだろう」と個人的に唸った良書を何冊か陳列しておきます。

 

1,「ニュースではわからない戦争の論理」/兵頭二十八 PHP出版

 

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刊行は2003年4月。つまりアメリカによるイラク戦争開始の時期と重なる本書。

別段イラク戦争それ自体にフォーカスして作られたものではなく、「戦争」という有史以来人間が行ってきた行為には、人間自身のどのような性向が隠れているのか?それを読み解ける良書。

氏曰く、「政治とは、己の権力を増やそうとすることである。その政治の目的たる権力とは、"飢餓と不慮死の可能性からの遠さ"である。」

金言です。

 

2,「ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体」/適菜収 講談社+α新書

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%86%E3%81%AE%E8%AD%A6%E5%91%8A-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E6%BB%85%E3%81%BC%E3%81%99%E3%80%8CB%E5%B1%A4%E3%80%8D%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE-%CE%B1%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%81%A9%E8%8F%9C/dp/4062727269/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1514700994&sr=1-1&keywords=%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%86%E3%81%AE%E8%AD%A6%E5%91%8A

 

「世の中なっとらん!」という磯野波平的不平不満を、大なり小なり胸に抱いたことは誰しもあることですが、著者はその遠因が「近代的な諸価値を盲信する大衆」である、「B層」にあるとしています。何かと「コスパ」と言いまくる人、よく考えもせずに「改革・革新」を言い募る人、鮨屋に入ってつまみと酒しか取らない人...etc。

ゲーテ曰く、「活動的なバカより恐ろしいものはない」。...真っ当な価値判断が出来る人が増えますように。

 

3,やっぱり人はわかりあえない /中島義道 小浜逸郎 PHP研究所

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%82%8A%E3%80%81%E4%BA%BA%E3%81%AF%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%81%82%E3%81%88%E3%81%AA%E3%81%84-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%AD%E5%B3%B6-%E7%BE%A9%E9%81%93-%E5%B0%8F%E6%B5%9C/dp/4569771068/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1514702353&sr=1-2&keywords=%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E7%BE%A9%E9%81%93+%E5%B0%8F%E6%B5%9C

 

「最高レベルのネガティブな哲学者」と、日本を代表する評論家の往復書簡を一冊の本にまとめたものです。「生きているかぎり他人と付き合わざるをえない、その不条理をどう”解決”するかに関心は絞られる」という中島氏の意見に、「”マイノリティのスタンス”に自分を意識的に固定し社会的発言力の保持者として開きなおるのは関心できない」とやり返す小浜氏。

この手の会話を延々と聞きながら隣で静かに呑んでいたいなあ、と考えるわけです。

 

...ちかれた。本当なら五冊ほどあげようかと思ったんですが、レビューってのは根気が入りますね。まあダラダラ述べて紙幅取りすぎても嫌なのでこの辺で。

 

今年僕にお会いした方々、世話になった方々、薄ぼんやり僕を思い出された方々、ありがとうございました。

 

来年はもっと楽しくなると良いですね。※なんかすごい異常気象で冬場でも気温は夏場、みたいな。

 

んじゃ、また。

 

 

覚書(おぼえがき):あるトピックに関する出来事や観察結果を記録することにより記憶を助ける行為、および記録した文書(備忘録)、またはその他の情報伝達手段。~wikipediaより。~

 タイトルにもある、覚書(メモランダム。単にメモ)とは書面形式の一種で、"confirmation”、確書なんかとも言われているそうです。

 

要はまあ、「こやつの頭の中では、こんなことが企まれとりますよ」という、端書きみたいなもので、作成ペースも今のところ何も定まっちゃおりません。

ましてや、この文章によって世の中の動きを制限したりとか、見ず知らずの迷えるラム肉...違った、羊さんたちを啓蒙しようじゃないか、という大それた考えもない。

 

ただ、無性に僕が普段考えていることをテキストに残してみたく、その作業をある程度日常化してみたくなった、というそれだけです。

 

「覚書は相手に知らせるためではなく、書き手を守るために書かれる」/ディーン・アチソン とあるように、「ことば」によって自分が目にしたもの、感じたことを再現する、それを曝すことで色々おもしろくなるんじゃねぇか、と。

※名言ぽいものと人名は、これもwikiからの引用です。

 

とまあ、なんだか、えらく唐突な選手宣誓が立ち上がった訳ですが、何卒どうぞよろしくお願いします。まあ、...

 

 

お、風はあるけど雨雫は弱まっとるね。この隙に軽食でも買いに行きます。

※台風に関して僕から思うことだの観察結果もへったくれもありません。

web/SNSその他情報を集め、個々人でお気をつけください、としか。

 

んじゃ、また。

 

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